アルコール依存症 回復へ

アルコール依存症の症状、治療、病院、AAミーティングと断酒会(自助グループ)や家族の悩み、離婚、アダルトチルドレンなど依存症者本人の体験をもとにしてお届けいたします。

アルコール依存症者は与える中で共感力を育てると回復へ向かう

 与える中で共感力を育てると回復へ向かう

 

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与える中で共感力を育てる

 

アルコール依存症 回復へ」をご覧いただきまして、誠にありがとうございます。

 

与える者は与えられる

 

私はアルコールの自助グループの話をよく書きます。

 

読んでくださっている方の中には、依存症者たちが仲良く、励ましあいながら断酒に励む場所と思われている方もいるかもしれません。

 

確かにそういうことが目的のグループなのです。

 

しかし実際は、世の中の会社や、それ以外の人の集まりで起こる諍いは、このグループの中でも同じように起こります

 

人間関係が下手な依存症者の集まりなので、むしろ余計に見苦しいことも多くあります。

 

以前「『 オール・オア・ナッシング』は、アルコール依存症に多い」という記事で、断酒仲間との人間関係で、「敵か味方か」で判断されてしまうことが多くて、戸惑うことが多いということを書いたことがあります。

 

アルコールの自助グループでは「与える者は与えられる」という言葉を好んで使う人がたまにいます。もともと聖書の言葉からの引用です。

 

自助グループは、ボランティアなのです。「奉仕の精神」や「感謝と報恩」という言葉を好む人もいます。

 

今飲んでいない人が、今断酒できなくて困っている人へ奉仕するのが、双方の回復への大きな原動力となっています。

 

嘘っぽく、怪しげに思いますよね? 私も疑心暗鬼でした。

 

断酒して少し経った頃から、自助グループの先輩たちに言われるがままに、飲んだくれている人や、その家族のお世話をさせていただきました。

 

そこから得られた教訓は非常に大きく、私の心の財産になっています。

 

「与える者は与えられる」というのは、本当だなと思ったのです。

 

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 自助グループの人間関係は難しい

 

自助グループの人間関係は難しい

 

しかし、そういった感動はありますが、自助グループの運営の手伝いというのは、とても大変でした

 

自分より少しだけ新しく自助グループにやってきた人に、あれこれとアドバイスなどをしました。

 

メインのミーティングや例会は「言いっぱなし」「聞きっぱなし」で、先輩も後輩もありません。

 

しかし、病院や自助グループの情報、日常生活で気を付けることなど、やはり知っておいた方が良いことはあります。

 

本当のところは、自分だってついこの間までは、「狂った酒飲み」だったので、心の中では「アドバイスなんてとてもできない」と思っていたのです。

 

それでも良かれと思うことを、酒害者本人や家族の方にしてあげると、喜んでもらえることもありました。

 

好意を持ってもらうのはありがたいのです。ただ新しく入った方が私を見る目と、実際の私は相当な落差がありました

 

ですから「私はあなたの考えるような理想的な人ではありません」ということを、繰り返し忍耐強く納得してもらえるまで言うのです。

 

ところがそう言えば言うほど「謙虚な人ですね」などと言われてしまい、内心凍りついていました。

 

案の定、その好意は何かの些細なきっかけで、反感へと変わります

 

「そんな人だとは思わなかった」という一言によって、一挙にマイナス評価へと変わってしまいます。

 

それは程度の差はありましたが、新しい人が入るたびに、必ずと言っていいほど起こりました。

 

私は「自分に問題があるに違いない」と思っていました。

 

ある時私より少し先輩の方に「皆同じだよ」という話を聞いて、ほっとした記憶があります。

 

それからは、私が入ったころに色々と世話をしてくれた先輩方のことを思い出してみると、やはり私も同じような目で先輩たちを見ていたなということにも気づきました。

 

会の運営は「平等」が建前です。

 

しかし、外に向けては通用しないことはたくさんあります。

 

最初に会場を借りるのに奔走してくれた人はいます。

 

また寄付や少額の会費で運営されていますが、そういったお金の管理を任されている人もいます。

 

私もやはりそういった人のことを、同じ目で見ていたことに気づきました。

 

相手からどれほど恩恵を施されていても、たった一度不快な気分になると相手を全否定してしまう

 

それまでの相手からの無私の行為を帳消しにしてしまう

 

そういった極端な幼児性が、この病気の人には多いと思います。

 

 これも「オール・オア・ナッシング」の一側面だと思います。

 

k77703230418.hatenablog.com

 

相手の気持ちに対する共感が弱い

 

これは子供によく見ることのできる反応ではないでしょうか?

 

子供が○○をして母親に叱られるとします。

 

子供は「○○をすると母親に叱られる」ということは理解できます。

 

しかし、その理由やその時の母親の気持ちまでは十分に理解できていません

 

母親の怒りの感情には、愛情や悲しさなどが合体していることを成長とともに感じ取っていきます

 

母親の愛情との共感が発達することによって、反省や自分をコントロールする力が徐々に育っていくのではないでしょうか?

 

つまりアルコール依存症の人には、相手の気持ちに対する共感が未発達の人が多いように思えるのです。

 

「他人の気持ちがわからない」「他人に対する関心が薄い」

 

それは、自分の中に「他人との共感する力」を育ててこなかったのかもしれません。

 

他人の気持ちがわからないから、いたずらに不安感を持ち、ぎこちない対応をするのではないでしょうか。

 

そして自分から壁を作り、孤独になります

 

そこに飲酒へと向かう動機も潜んでいるようにも思います。

 

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孤独から共感へ

孤独から共感へ

 

自助グループというのは、同じ悩み・問題を抱えた人の集まりです。

 

アルコール依存症はアルコールをほどほどに飲めない病気です。

 

「酒をやめられない」という悩みは、一般の方には理解できない悩みです。

 

「そんなに止めたければ止めれば良いじゃないか。甘えるんじゃないよ」と一蹴されてしまいます。

 

その孤独の中で苦しんでいる依存症者が、自助グループで同じ病気の人と接すると徐々に孤立から解放されます。

 

そして他人の体験を聞くうちに「共感する力」が身についていきます

 

普通なら成長していく段階で自然に身につく他人への「共感する力」が、遅ればせながら育っていくのです。

 

k77703230418.hatenablog.com

 

 

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与えるということは相手のことを考えること

 

与えるということは相手のことを考えること

 

次の段階として、飲酒問題で困っている人の悩みを解決していくためには、もう一段上の「共感力」が必要になってきます。

 

断酒の継続は大変です。7日の壁。一か月の壁。半年の壁。一年の壁。三年の壁。十年の壁など、永遠に続きます。

 

まさしくどれだけ断酒しても一杯の酒で元通りです。

 

今酒を止められなくて苦しんでいる人は、明日の自分なのかもしれません。

 

初めて入った人は、スポンサーや会長などというと「偉い人」と思うようですが、実際は失敗して飲んでしまった人はとても多いのです。

 

人格者という言葉にふさわしい人もいますが、長く付き合うとそれぞれの人が克服できていない課題と格闘中である現実に気づいてしまいます。

 

しかしそれはどこの世界でも当たり前のことですよね。アルコール依存症者も自助グループの中で、「立派だと思っていた人が転落していく姿」を見て、多くのことを学びます。

 

与えるというのは相手のことを考えることです。

 

「相手にとってふさわしい助言は何か」

「今相手にかけてあげるべき言葉は何か」

「今の相手には○○はYESなのかNOなのか」

 

不器用ながらも同じ悩みを持つ仲間との間で、「共感する力」を身につけていきます。

 

やがて一般の方とも良好な人間関係を結べることを目指しています。

 

最後まで読んでいただきまして、ありがとうございました。


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