アルコール依存症 回復へ

アルコール依存症の症状、治療、病院、AAミーティングと断酒会(自助グループ)や家族の悩み、離婚、アダルトチルドレンなど依存症者本人の体験をもとにしてお届けいたします。

アルコール依存症 恐怖の院内例会

恐怖の院内例会

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恐怖の院内例会

アルコール依存症 回復へ」をご覧いただきまして、誠にありがとうございます。

 

前回は「院内例会」に関して述べました。

 

k77703230418.hatenablog.com

 

院内例会は嫌いだったと書きましたが、具体的にどこを「恐怖の院内例会」と思ったのかについて述べます。

 

私が初めてアルコール専門病院に入院した時の記憶はかなり曖昧になっています。

17年少し前です。

 

幸いメモが残っていますが、自分で書いておきながら思い出せないことも多いです。

 

それでも今なお強烈な印象が残っている院内例会」ですが、とにかく退屈で「早く終わればいいのに」という感情もありましたが「何をしゃべればいいのだ?」という恐怖のほうがはるかに勝っていたと思います。


例会は「言いっぱなし、聞きっぱなし」です。

 

順番に酒の体験を語ります。途中で遮ったり、質問してはいけません批判非難もしてはいけません。

 

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流暢に


 

まず入院中でない、一般の酒害者達が順番に流暢に弁じ始めました。

 

  • 「飲みだしたら止まらなかった。朝も昼もない。一日中だった」
  • 「赤玉(ベゲタミンA錠)と一緒に飲んだ」
  • 「嫁が逃げた」
  • 「競馬と酒でサラ金地獄になった」
  • 「糖尿になった」
  • 「会社で無視をされて、怒りで飲んだ」

 

彼らはもともとこの病院に入院していて、今は自助グループに繋がり、断酒を継続している人たちです。

 

事前に病院からは説明されていませんでしたが、話の内容からわかりました。

 

話題があまりにも脱線しすぎているときは、「酒の体験を話してください」と注意されます。

 

叱られるのは「飲み方の内容ではなく、酒の体験談に徹していない」という点です。

 

ところが、最初のころはまずここが飲みこめませんでした。

 

どうやったら、無難に切り抜けられるか」そればかりが頭を駆け巡っていました。

 

次々と語られる言葉の中で自分が使えそうなものを探していました

 

一日断酒で頑張ります」それだけ言って座る人もいました。

 

しかしこれは私が使うべきフレーズではないことくらいは分かりました。

 

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初心者


やがて入院患者の体験談が始まりました。

 

その中で「退院したら節酒で頑張ります」と言った人がいて、皆から失笑されていました。

 

入院して以来「節酒はだめ。断酒のみ」と言われつづけていたので、NGワードだとは知っていましたが、「堂々と口に出す人もいるのだ」と妙な関心をした記憶があります。

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下痢



再び一般の酒害者たちに戻りました。


その中で「飲んでいた時は下痢がひどかった」という過去をぼそぼそと喋る人がいました。

 

トイレまで我慢できなくて漏らしてしまった」という体験でした。

 

これなら真似ができると思いました。

 

「それでは、ここで最近開放病棟に移ってきた患者さんに行きます」そして私の番がやってきました。

 

「さっき下痢の話をしていた人がいましたが、私も同じで…」


酒を飲みすぎると下痢をしてしまう。もうこれからは気を付けます、そんなことを口にしたと思います。

 

とにかく無難に当たり障りのない話をしようとしました。

 

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鬱憤


例会が終わるとホッとしましたが、しばらくすると心に浮かび上がってきたのは「こんな人たちとは違う。そもそも一緒に入院している患者たちとも話も合わない。住む世界が違うのだ」でした。

 

「要は反省すればいいのだろう。人前でわざわざ口に出す必要はない」

 

時間がたつに連れて

  • 「仕事はちゃんとやっていた」
  • 「妻も子供も心配してくれている」
  • サラ金に手を出していない」
  • 「肝臓の数値は少し悪いが他の患者よりもましだ」


そんな思いが湧いてきて、「とんでもないところに来てしまった。早く抜け出したい」そればかり考えるようになっていました。

 

日ごろからたまっていた鬱憤も一挙に噴き出てきたのを思い出します。

 

もう医師も看護師も病院の建物もここでの生活も何かも嫌でなりませんでした。

 

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皆が嫌


「院内例会」がいやなのは、私だけでないのはすぐにわかりました。

 

同じ部屋のベテラン患者さんは「あれは元々アメリカ産だから日本人には向いていない」「社会復帰する前の訓練だったら少しは効果があるかも」そんなものなのかとも思いました。

もっとも大多数の患者さんたちは

  • 「意味がない」
  • 「俺は口下手」
  • 「節酒で大丈夫」

と口々に言いあっていました。 

 

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時間がかかった

「酒害体験を語る」ことに意味を見出すようになるまで相当時間がかかりました。

 

結局のところ、私が当時と違うのはただ一点です。

 

「今苦しんでいる人たちの問題であれ、私自身の問題であれ、酒に関することには無力自力ではどうしようもないということを認めざるを得ない

 

その認識がどれくらい強くあるかどうかです

 

 最後まで読んでいただきまして、ありがとうございました。

 

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