アルコール依存症 回復へ

アルコール依存症の症状、治療、病院、AAミーティングと断酒会(自助グループ)や家族の悩み、離婚、アダルトチルドレンなど依存症者本人の体験をもとにしてお届けいたします。

アルコール依存症 院内例会

院内例会

 

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院内例会


 

入院中の大多数の患者にとって最もいやなのは「院内例会」だと思います。

 

自助グループで少しだけ述べましたが「例会」では断酒体験を語ります。

 

k77703230418.hatenablog.com

 

 

 

長い間私がどうしても納得できなかったのは「なぜ体験を語ることが、断酒につながるのか」に関する明確な説明が全くなかったことです。

 

人間は誰しも無駄な努力をしたいと思いません。

 

一見、第三者から見ると「それって必要なことなの?」と思われることでも、本人にとっては「目標を達成するためには絶対必要」と思えば、無駄に思われるような努力であっても人は厭いません

 

医師が患者に「この手術は○○のリスクはあるが◎◎のメリットがある。考えられる方法の中でベストです」というなら患者も納得して決断できます。

 

私は医師だけでなくあらゆる人にこの問いを発し続けましたが、いまだに納得のできる答えは頂いたことがありません

 

「体験したらわかる」の一本やりです

 

では君は今それを言えるのか? と問われたら非常に残念で情けないのですが、「一言では言えません」という答えを返さざるを得ません。 

 

今は「体験を語ることに意味がある思っています」が・・・

 

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群盲象を評す

群盲象を評す」と言います。

 

数人の盲人が、ある者は鼻をある者は牙をある者は尻尾を尻尾を触りそれぞれが象だと主張する。

 

他人の体験を聞いて、自分の体験を話す」この中に同じものを感じています

 

勇気をもって自分の恥ずかしい経験を聞いてもらえることは良いことだと思うようになりました。

 

最初は「ダメ自慢」を一生懸命しました。そのうち行動や言葉ではなくその時の自分の気持ち・感情・考え方を思い出すことに集中していきました。

 

可能な限り正直に、自分の記憶を蘇らせ「何故なのか、何が問題だったのか」を自分に問い正す作業はそのうち習慣になり今に至っています。

 

なぜ、私が「変化したのか」

 

そして私だけでなく多くの人がなぜ「体験を聞き・語る」方法で成功しているのか?

 

あるいはひと時成功したと思っても、持続ができず失敗する人が出るのはなぜなのか?

 

現在お医者さんの書かれたものを見るとアルコールによって脳が変化して・・・と書かれています。

 

起こっている現象から見たらその通りで、ほかに説明しようがないのだと思います。

 

私は当事者として自分の考え方見方、そして行動変えること解決策を求めてきました

 

他人と自分との比較自分が他人に対し向けている感情の変化をつかむ。

 

他人に向けて発した言葉行動を起こさせている自分の心の中の衝動に気づき、変化させていくことに静かな充実感を味わうようになってきました。

 

それらは、自助グループの中で培われてきました。

 

自分で頭蓋骨に穴をあけて具合の悪いところを治すことができない以上、自分にできることをやり続けるしかないと思っています。

 

世の中で多く求められているのは最小限の労力で最大限の効果を上げることだと思います。

 

  • 自分が断酒へ向かっていった過程、自分自身の断酒継続。
  • 断酒に成功し続けている人に見られる共通した特徴。
  • 失敗に至った人の考え方の変化の特徴。
  • 酒害者本人と家族の関係、家族に起こる様々な問題。

 

 もし私がタイムスリップすることができるとして、初めて専門病院に入院したばかりの過去の自分に何をどう語るか?

 

そのことを念頭にブログを進めていきたいと思います。

 

もう一つの馴染めなかった考え

 

入院中「院内例会」は毎週一回あります。

 

結局1回目の入院では最後までずっと嫌でたまらなかったのです。

 

前に「なぜ体験を語ることが断酒につながるかを誰も具体的に話さない」と書きました。

 

k77703230418.hatenablog.com

 

 

何回も「院内例会」を経験しているうちに、もう一つ馴染めなかった考えがありました。

 

色々な言い方はありましたが、象徴的に言えば「アルコール依存症者は酒さえやめればそれでいい」という考えが結構蔓延していました。

 

断酒している友達同士が、仲良く群れていれば幸せなのだ」と主張しているように聞こえてなりませんでした。

 

私はこの考え方には全く幻滅していました

 

「百歩譲って体験談を語る方法以外では、断酒は成功しないことが現実かもしれないが、自分の幸福が断酒村の住民でい続けること以外ないと規定されることには、到底耐えられない」と嫌悪感を抱いていたのです。


人にとって幸福は様々でしょう。

 

ほとんどの人には理想の幸福像があり、それを獲得すること、獲得しつつあると実感することが幸福だと思っていました。


お金やお金で交換できるもの、名誉など人から羨ましがられること、異性や家庭を中心とする人間関係、健康や安全、自分が関心を持つことへの達成感、ほかにもあるでしょうしそれらが複合しているのだろうと思います。

 

何が欲しいのかは人それぞれで、別にかまわないのです


しかしアルコール依存症になってしまった人間は、依存症村の住民たちと昔話をして、傷口をなめあうことこそが生き残っていく唯一の運命ならば断固拒否したいと憤っていました

 

この偏見も私に長くこびりついて離れませんでした

 

ただ入院生活が進むにつれ色々な人から少しずつ影響を受けていたのも事実です。

 

入院中色々な患者がいましたが、年代も結構ばらけていました。

 

自分の飲み方には否認を続ける患者たちも、どのような酒を好んで飲んでいたかという話題は、なぜかいつも盛り上がりました。

 

私は昭和30年代後半生まれですが、私より上の世代では日本酒好きが多かったです。

 

やたらと「自販機でワンカップを買って飲む」という話をする人が多かったのです。

 

「俺は大して飲んでいないのに、間違ってこんな病院へ入ってしまった」と嘆く一方、「ワンカップを買って自販機の横でくーっと一気に流し込むのが旨いんだ」と論理が両立しないことに頓着しないでおしゃべりを機嫌よくする人はかなりいました。

 

自助グループの体験談では「駅の売店で買って、電車待ちのわずかな待ち時間に流し込むように飲んでいた」「朝出勤途中の車の中で、ワンカップを飲酒運転して会社へ向かっていた」など赤裸々な経験が語られていました。


少し年代が下がると安いウイスキーが話題の中心になりました。

 

私が飲み始めたころ手軽な値段の安ウイスキーが出回って、テレビのCMなどでもよく流れていました。

 

その後ビールが安くなっていたのですが、この時同じ病院に入院していた患者さんだけでなく、その後自助グループの体験談でも夏以外、ビールの話をする人はあまりいませんでした。

 

夏にまずビールを飲んでから、その次に…」という話は時折聞きました。

 

ビールはお腹がいっぱいになってしまう」という人が大半を占めます。

 

もっともな話です。私も「ビールだけ飲めばたくさん飲めないから少しはましになるのではないか?」と思いついたことがありました。

 

結果はいつも無残でした。3本くらい飲むとまだるっこしくなって、いつもの通り強い酒が続くだけでした。

 

AAの創始者も同じ体験を語っていました。

 

今は女性も楽しめるおしゃれなお酒が出ていて、大変だなと思います。

 

 最後まで読んでいただきまして、ありがとうございました。

 

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